一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム(ACE)では、会員企業による定例会を実施し、各活動内容の報告と共有、障がい者雇用関連の勉強会を行っています。1月16日に開催した定例会では、株式会社LITALICO LITALICO研究所 チーフリサーチャーの本間 美穂 様にASD(自閉スペクトラム症)の視覚世界についてご講演いただき、その世界を見せるASD視覚体験シミュレータの体験会を行いました。
発達障害の一つであるASDは、これまで対人コミュニケーションに難しさがあるものと考えられてきました。しかし、最近の研究では、感覚過敏や鈍麻が原因で、社会性の困難さを抱えているとされています。視覚や聴覚のコントラストが強調されパニック症状が起きる、感覚過敏の場合は人との接触を避けるため人との距離を置くなどです。コミュニケーション以前に触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚など様々な感覚で困難が存在しています。
ASD当事者の方々に協力いただき開発したのがASD視覚体験シミュレータです。これは、普段ASDの方々がどのような世界を見ているか、その視覚体験を実装しています。
例えば、砂嵐のような細かい散らつきがある、明るさが強調されものすごく眩しくなる、無彩色化されモノクロ映像に見える、輪郭がぼやけるなどです。これは常にこう見えるのではなく、不安が強くなった時、生理的状態が不安定の時、過度の緊張感が高まった時などに強く現れます。落ち着いた状態では発生しにくいとされています。
どのような環境要因で生じるのか、輝度、動きの激しさなどこれまで主観的に経験されていたものを数値化し、例えばこの数値まで動きが早くなる場面ではモノクロ映像になりがちなどの関係性が分かってきました。それをシミュレータにしたのです。
代表的な3つの例をご紹介しましょう。
1つ目は、輝度によるコントラストの強調です。スキー場など一面の白銀の世界では、誰でも眩しく見えますが、少しすると目が慣れてきます。ASDの方は、これがいつまでたっても慣れてきません。こうした状況が日常的に起こりやすいのです。ASDの方は、瞳孔の黒目の部分が大きいため、黒目で明暗を調整するのが難しく、また眼球レンズの収縮率も低く、眩しい状態が眩しいまま絞りきれないのではないかとの研究が進んでいます。
2つ目は、動きが激しいとモノクロ化され不鮮明になるものです。駅のホームで、高速に電車が入ってくると色が消えぼやけてきます。「黄色い線の内側でお待ちください」のアナウンスの黄色い線が認識できなくなります。ASDの方は、視野の中心ではなく周辺視野からの情報に強く依存していることがわかってきており、敏感な周辺視野に含まれる不鮮明な信号が顕在化するのではと考えられています。
3つ目は、動きと音量の変化により無数の点が現れるものです。例えば、雪が降っている交差点では、走行する車、行き交う人の動きや音により、砂嵐のような光る点が発生します。これは、偏頭痛を患っている方にも見られる症状で、同様の脳活動が起こっているのではないかと推察されます。
(情報通信研究機構 長井主任研究員の承諾のもと、CREST認知ミラーリングのホームページ(http://cognitive-mirroring.org)より引用)
ASDの方がショッピング・センターに行きたがらないとしたら、それは対人コミュニケーションが苦手なのではなく、目がチカチカして疲れるから行きたくないのかもしれません。
このASD視覚体験シミュレータは、このように周囲の者が疑似体験することで、ASD当事者の困難を理解することができます。一方、当事者の方が疑似体験し、、これまで自分の見えている世界が特別なものだと思っていなかったが、特殊な見え方をしていたのだという発見につながるケースがありました。これまで「辛い」と思っていたことを「辛い」と言っていいのだと確認することができるようになったのです。職場に置き換えると、眩しいからサングラスをする、聴覚過敏だからイヤホンをするなどの対応や環境作りの必要性を周囲の方々が理解し実践することができます。このシミュレータを相互理解に役立てるため、企業や教育関係者などへの体験会を実施しています。
講演後、ACEのメンバーもASDの方々が見ている世界をシミュレータで体験しました。ヘッドマウントディスプレイは、上下左右前後どこを向いても映像が見られるため、没入感があり、より当事者の困難な世界を体験することができました。
体験後の参加者より、「これは仕事に支障があるレベルということがよく分かった。周りの社員が配慮すべきと実感した」、「仕事だけではなく、日常生活でもケアすべき」、「書面で読んだだけでは分からなかった困難さが理解できた」との声が聞かれました。今後のACEでの活動にも役立てていきます。
株式会社LITALICO
http://litalico.co.jp
障害者の就労支援・定着支援や、発達障害の特性のある子どものソーシャルスキル・学習支援の事業等を行っています。ASD視覚体験シミュレータは、情報通信研究機構 長井 志江 主任研究員、東京大学先端科学技術研究センター 熊谷 晋一郎 准教授との共同研究によって開発され、株式会社LITALICOの協力を得て一般の方を対象としたASD知覚体験ワークショップで公開されています。
文・写真(提供画像を除く):栗原 進