一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム(ACE)では、会員企業による定例会を実施し、各活動内容の報告と共有、障がい者雇用関連の勉強会を行っています。5月22日に開催した定例会では、会場を提供いただいた会員企業の全日本空輸株式会社(以下、ANA)の最近の取り組みから発達障がいのある方を対象にした「体験搭乗プログラム」と未来の移動手段「ANA AVATAR」を紹介いただきました。どちらもACEの取り組んでいる障がい者雇用をより発展させるための多くの学びがありました。
体験搭乗プログラムからの学び−暗黙知ではなく、見通しを伝える
ANA オペレーションサポートセンター 品質企画部 堯天麻衣子 様より、発達障がいのある方の搭乗体験会について、ご説明いただきました。
『この搭乗体験会は成田国際空港株式会社との共催で、監修に一般社団法人日本発達障害ネットーワークの協力を得て、2018年、2019年と2年連続で開催している取り組みです。初年度は、お子様が対象でしたが2年目からは成人へも対象を拡大しました。
実施に至った経緯は、公共交通機関として全ての利用者に心地よく利用いただきたい、という想いからです。発達障がいがある方にとって、飛行機は利用しづらい乗り物だということが分かりました。理由は、搭乗するまでに様々な手順があり、当事者にとって見通しが立てにくいからです。また、保安検査場では貴金属をトレーに置いて検査機に流す準備をする、など前の人の行動を見て自分も同様に行動するというような暗黙知が分からない、機内へと通じる搭乗橋も狭くて暗くて怖い、搭乗までの待ち時間をどう過ごしてよいか分からない、機内は密室でパニックになった際に周りの人に迷惑にならないか心配、航空機のエンジンの匂いが独特で気になるなど様々な不安要素がありました。
予習ができて、見通しが立てば安心できるということを伺い、事前に空港や機内を体験いただけるプログラムを開催したのが始まりです。
ご本人とご家族で事前に空港、飛行機を体験していただき身近に感じてもらいたい、そしてそれは、ANAのスタッフにとっても障がいへの理解とサービス品質の向上にもつながります。また、公共交通のインフラを提供する企業として社会的責任も全うできます。
プログラムは、空港の案内所でトイレの場所を聞く、カウンターでチェックインを行う、保安検査場での検査、実際に航空機に搭乗してベルト着用、機内サービスを提供され降機するというものです。本当は、実際に飛行機を飛ばすところまで実施したかったのですが、段階を踏みたいという利用者の声から、こうしたプログラムになりました。
考慮したことは、予習ができる冊子「そらぱすブック」を作成し事前に配布を行ったこと、利用者が見通しを立てられるようこれからの手続きの所用時間を伝え、曖昧な表現を使わず、資料は写真・イラストなどビジュアル素材を用いて分かりやすい説明を行ったことなどです。また、空港内には1人で落ち着ける空間を提供し、柔らかい照明の中で静かに過ごせるよう配慮しました。
冊子「そらぱすブック」は、ANAホームページよりダウンロードいただけます。
体験搭乗イベント
2019年度 https://www.ana.co.jp/ana_news/2019/03/15/20190315-1.html
2018年度 https://www.ana.co.jp/ana_news/2018/02/08/20180208-2.html
搭乗会参加者からは、「飛行機を身近に感じ、また乗ってみたいと思った」、「密室で怖いというのは払拭された」、「このプログラムを経験して沖縄に旅行に行けました」などの感想がありました。』
お話を伺い、ACEとしてもたくさんの学びがありました。発達障がいのある社員が不安になったり困ったりしていたら、周りの社員が気遣い相談にのれる職場づくり、見通しが立てられるような情報伝達の仕方の重要性、静かで落ち着ける場所の提供などです。昨今、フリーアドレスで固定席がなく多くの社員と物音の中に置かれてしまう環境も増えてきましたが、一方で先に記したような配慮も必要かもしれません。また、発達障がいのある社員への乗り物の乗り方ガイド作成にも今回のプログラムの考慮点が役立つと気づかされました。
アバターによる新しい「移動」の提案
続いて、ANAホールディングス株式会社 グループ経営戦略室 アバター準備室 深堀昂 様より、分身ロボットであるアバターを利用した新しい「移動」の取り組みANA AVATARをご紹介いただきました。
『この取り組みは身体的に飛行機に乗れない、病気が原因で自宅や病院から外出できない、そうした方々へ体を移動させるのではなく、自分の意識や存在感を移動させる新しい概念の提案です。
例えば「遠隔地で釣りをする」、これはVR(仮想現実)ではなく分身であるアバターが実際に遠隔地で釣りをしてそして釣った魚が遠く離れた操作者に届くというものです。
世界には飛行機を利用することが困難な方が多いそうです。理由はそもそも空港がない地域に住んでいる、航空運賃が高くて乗れない、仕事が忙しくて旅行に行く時間がないなど様々。この課題への新しい提案がアバターなのです。
この取り組みは、単に旅行だけでなく、介護、災害救助などにも応用ができます。また、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など身体に障害があってもアバターを遠隔操作することで就労することが可能になります。
昨年ALS患者の方が視線のみで遠隔地にあるアバターを操作し、カフェで給仕の仕事する実証実験が行われました。実際にカフェのお客様とコミュニケーションをとり、給料を得るという社会参加を実現しました。
他にも、車いすで大好きなスポーツの観戦に行くことができない小学生が、アバターを操作することで友人と一緒に観戦し、会場でグッズの購入をした事例もありました。リアルタイムで友人と感動を共有できる臨場感はテレビ観戦では味わえないものです。
地元に利用できる医療機関がない、過疎地で買い物できるお店がない、博物館などの学習施設がないなどの課題をこのアバターを利用する新しい「移動」が解決してくれるかもしれません。事実、その試みはすでにスタートしています。』
ANA AVATARについて
https://ana-avatar.com/diversity.html
この取り組みも、ACEの考える障がい者雇用を推進する上で大いに活用できるものです。これまで障がいがあり外出ができず、企業のオフィスで働くことができなかった方々がアバターを利用することで新しい働き方の可能性を見出すことができます。また、コミュニケーション障がいがあり、面と向かって他人と会話できない人も、アバターを通すことでコミュニケーションが容易になるかもしれません。こうした取り組みを今後もACEの活動の中で紹介し、活用していきます。
文・写真:栗原 進